―「宙明サウンド」と「菊池節」は、なぜ日本人の耳に残るのか―
① お二人の簡単なプロフィール紹介
昭和のアニメ・特撮音楽を語るとき、渡辺宙明と菊池俊輔という二人の名前を避けて通ることはできない。
渡辺宙明(わたなべ・ちゅうめい、本名・読みは「みちあき」)は1925年8月19日、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部哲学科で心理学を学びながら作曲家を志し、團伊玖磨、諸井三郎にクラシックの作曲を師事した。その後、ジャズ理論を渡辺貞夫から学んでいる。1953年、CBCラジオドラマ『アトムボーイ』で作曲家としてデビュー。その後、新東宝、大映、日活などで100本以上の映画音楽を手がけ、1972年の『人造人間キカイダー』『マジンガーZ』を転機として、アニメ・特撮音楽の世界で独自の地位を築いた。代表作には『人造人間キカイダー』『マジンガーZ』『秘密戦隊ゴレンジャー』『ジャッカー電撃隊』『バトルフィーバーJ』『電子戦隊デンジマン』『太陽戦隊サンバルカン』『宇宙刑事ギャバン』などがある。
菊池俊輔は1931年11月1日、青森県弘前市生まれ。弘前工業高校機械科を卒業後、弘前市役所に約1年半勤務したのち上京し、日本大学藝術学部音楽学科で作曲を専攻した。1961年、映画『八人目の敵』で劇伴作曲家としてデビュー。映画、テレビドラマ、アニメ、特撮、時代劇など極めて広いジャンルで活動し、『キイハンター』『Gメン’75』『赤いシリーズ』『暴れん坊将軍』などのテレビ作品、『タイガーマスク』『バビル2世』『ドカベン』『ドラえもん』『仮面ライダー』などのアニメ・特撮作品を担当した。さらに重要なのが、1986年開始の『ドラゴンボール』と1989年開始の『ドラゴンボールZ』である。両作品の劇伴音楽を菊池が担当し、世界的に知られる作品を音楽面から支えた。
つまり、渡辺が「ロボット・ヒーロー・宇宙・未来」を象徴するサウンドを発展させた作曲家だとすれば、菊池は「ヒーロー・スポーツ・ドラマ・日常・時代劇・冒険・格闘」まで、テレビという媒体そのものに音楽を供給した作曲家だったと言える。
② 渡辺宙明――映画音楽家から「宙明サウンド」の創造者へ
2-1 少年時代と音楽への接近
渡辺宙明は1925年、名古屋に生まれた。
彼の面白いところは、最初から「アニメ・特撮の作曲家」だったわけではないことである。
むしろ出発点は、戦前・戦後の日本映画音楽とクラシック音楽の世界だった。
東京大学では心理学を専攻したが、作曲家になる決意を固め、團伊玖磨、諸井三郎らから本格的な作曲を学んだ。さらにジャズの理論を渡辺貞夫に師事した。
この「クラシック+ジャズ」という二重の基礎は、後の宙明サウンドを理解する上で非常に重要である。
つまり、渡辺の音楽は単純な「ロック風」ではない。
基本的な作曲技術、オーケストレーション、対位法的な発想などを土台にしながら、そこへジャズの和声・リズム感、さらに後年のロック、ファンク、ディスコ、電子音楽を重ねていく。
この「古典的な作曲技法を持った人間が、その時代の新しいポピュラー音楽を積極的に吸収していく」という姿勢が、彼の長いキャリアを特徴づけることになる。
2-2 映画音楽家としての修業時代
1953年、CBCのラジオドラマ『アトムボーイ』でプロ作曲家としてデビュー。
その後、新東宝、大映、日活などで映画音楽を大量に作曲した。
中川信夫監督の『東海道四谷怪談』『地獄』、山本薩夫監督の『忍びの者』など、後世の映画史にも残る作品に参加している。
文化庁も、渡辺が『人形佐七捕物帖 妖艶六死美人』で映画音楽に進出し、その後100本規模の映画音楽を手がけたことを記録している。
ここで重要なのは、「渡辺宙明=ロボットアニメの作曲家」という理解だけでは、彼の音楽家としての本質を見誤るということである。
彼の根には、映画音楽家として培った、
- 映像に合わせて音楽を構成する能力
- 場面転換に対応するモティーフ設計
- オーケストラの音色配置
- サスペンス、恐怖、アクション、悲劇などのジャンル別語法
- 短い時間で強烈な印象を残す劇伴設計
があった。
後の『キカイダー』『マジンガーZ』の劇伴が非常に映画的に聞こえるのは、このキャリアが大きい。
2-3 1972年――「キカイダー」と「マジンガーZ」
渡辺宙明のキャリア最大の転換点は1972年である。
この年、東映特撮『人造人間キカイダー』と、東映動画の『マジンガーZ』を担当した。
この二作品によって、渡辺の音楽は一気に「子供番組の音楽」という既存の枠を飛び越える。
渡辺本人も、子供向けだからといってマーチや童謡風にするのではなく、「自分はロックでいこう」と考えたと語っている。大人も音楽そのものを楽しめるようにすることを意識していたという。
ここに「宙明サウンド」の核心がある。
当時の子供番組音楽には、
「明るい」
「分かりやすい」
「行進曲的」
「童謡的」
という方向性が強かった。
ところが渡辺は、
「子供向け作品だからこそ、本格的な音楽をぶつけてみよう」
と考えた。
その結果生まれたのが、強烈なブラス、エレキギター、ドラムス、ベース、ストリングス、パーカッション、そして電子楽器を融合した音楽だった。
2-4 「宙明サウンド」の音楽理論
渡辺の特徴として本人も挙げているのが、
- 特徴的なメロディの節回し
- 派手なブラス
- 強いリズム
- ブルーノート
- ジャズ的な語法
である。
特に興味深いのがペンタトニックである。
渡辺作品には、いわゆる「ヨナ抜き」あるいはマイナーペンタトニックに近い音組織が頻繁に現れる。
例えばAを主音とするAマイナーペンタトニックなら、
A-C-D-E-G
という5音が基本になる。
ここにはFやBが含まれない。
そのため、通常の長短調の機能和声だけでは説明できない、強く直接的な旋律感が生まれる。
さらにブルーノートを加えることで、
「日本的な歌いやすさ」
と
「ブルース/ジャズ/ロック的な荒々しさ」
を同時に成立させる。
これが非常に重要である。
日本人の耳に馴染みやすい5音音階と、アメリカの黒人音楽を源流とするブルース的語法を融合したため、「異国的なのに、なぜか日本人に歌いやすい」という独特の現象が起こる。
2-5 ブラスの使い方
渡辺作品を分析すると、ブラスは単なる「豪華な伴奏」ではない。
トランペット、トロンボーン、ホルンなどを、メロディの補強だけではなく、
リズム楽器+アクセント楽器+和声楽器
として使う。
つまり、
「ジャーン!」
という単発のアクセント、
短いスタッカート、
シンコペーション、
上昇音型、
ユニゾン、
オクターブ、
パワフルな和音ブロック
などを組み合わせる。
これによって、画面にロボットが登場した瞬間に「巨大な存在感」が出る。
特に『マジンガーZ』のような作品では、巨大ロボットの重量感を低音、金管、打楽器によって表現しながら、ヒーロー性を高音域のブラスと旋律で表現する。
この「重量感」と「高揚感」の二重構造が非常に巧い。
2-6 ギターとロック
『人造人間キカイダー』では、エレキギターの存在感も非常に大きい。
特にファズをかけたギターは、当時の子供番組としてはかなり攻撃的だった。
これは単なる「ロックっぽい音色」ではない。
歪んだギターそのものを、
悪・機械・異形・危険・スピード
の象徴として利用している。
「ゴーゴー・キカイダー」などに聴かれるファズ・ギターの攻撃性については、現代のロック/プログレの観点からも評価されている。
つまり渡辺は、楽器そのものを「キャラクター化」している。
これは劇伴作曲家として極めて重要な発想である。
2-7 ミニモーグの導入
さらに決定的なのがシンセサイザーである。
渡辺は初期のMinimoogを購入し、日本でかなり早い段階から作品に使用した。
本人によれば、購入したのは日本で6台目だったという。
しかも、スタジオに置いておくのではなく、自分で持ち運んで使用していた。
『キカイダー』のプロフェッサー・ギルの笛、『電子戦隊デンジマン』など、シンセサイザーによる独特の電子音が作品世界を特徴づけている。
ここで重要なのは、
シンセサイザーを「未来っぽい音を出す機械」としてだけ使っていない
ことである。
フィルター、エンベロープ、発振器による音色そのものを、キャラクターや世界観の一部にしている。
Minimoogの単音性という制約も、逆に個性的なリード音を生み出した。
つまり「シンセサイザーだから新しい」のではなく、
電子楽器の制約そのものを作曲語法へ取り込んだ
のである。
2-8 1970年代後半――ロックからディスコへ
渡辺のすごさは、1972年のスタイルをそのまま繰り返さなかったことにある。
1970年代後半になると、ディスコやファンクの影響が強くなる。
『スパイダーマン』や『バトルフィーバーJ』では、当時のダンス・ミュージックの感覚を積極的に取り入れている。
特に4つ打ち的なビート、シンコペーション、ストリングス、ブラス、ベースラインなどが融合し、「子供番組の主題歌」なのに、音楽的には当時の洋楽ポップスと地続きになっている。
研究者・評論家による分析でも、1970年代後半の渡辺作品にはディスコ・サウンドが導入され、『スパイダーマン』『バトルフィーバーJ』がその代表例として挙げられている。
2-9 1980年代――シンセ、打ち込み、未来的サウンド
1980年代に入ると、渡辺はさらに電子音楽へ接近する。
『電子戦隊デンジマン』
『太陽戦隊サンバルカン』
『大戦隊ゴーグルV』
『宇宙刑事ギャバン』
『宇宙刑事シャリバン』
『宇宙刑事シャイダー』
などでは、アナログシンセ、シンセドラム、電子的な効果音などが重要な役割を持つ。
特に『宇宙刑事ギャバン』は象徴的である。
「宇宙」
「刑事」
「メタルヒーロー」
という三つの要素を、
ブラスロック+ファンク+シンセサイザー+刑事ドラマ的アクション音楽
として融合した。
ここでは1970年代の「熱いロック」だけではなく、1980年代的な「硬質で未来的な音」が前面に出てくる。
渡辺は時代の変化に合わせて自分の音を更新し続けたのである。
2-10 晩年
渡辺は90歳を超えても創作を続けた。
2019年には文化庁映画賞の映画功労部門を受賞。文化庁は、映画音楽から特撮・アニメへと活動領域を広げ、晩年まで新曲を提供していたことを功績として評価している。
そして95歳の2021年には『機界戦隊ゼンカイジャー』の音楽を担当。
本人は「BGMをボヤッと聞かず、集中して聞いてほしい」と語っている。
2022年6月23日、老衰による心不全のため96歳で死去した。
つまり渡辺宙明のキャリアは、
映画音楽 → ジャズ → ロック → ブラスロック → ディスコ → シンセサイザー → 電子音楽 → 現代的なアニメ・特撮音楽
という、戦後ポピュラー音楽史そのものを横断するキャリアだったのである。
③ 菊池俊輔――「菊池節」を生み出した劇伴職人
3-1 弘前の映画少年
菊池俊輔は1931年、青森県弘前市に生まれた。
幼少期から映画に強く惹かれ、映画館を何軒も回るような「映画少年」だったという。
高校は弘前工業高校機械科。
ここが一見すると音楽家とは正反対で面白い。
しかし在学中には音楽部を作り、作曲にも取り組んでいた。
卒業後、弘前市役所に勤務するものの、音楽への情熱を捨てきれず、1952年に上京して日本大学藝術学部音楽学科へ進学。
その後、映画音楽家・木下忠司に師事する。
この経歴からも、菊池は「アニメ作曲家になりたかった人」というより、
映画そのものに憧れ、映画を成立させる音楽家になろうとした人
だったことが分かる。
3-2 1960年代――映画音楽家としての菊池
1961年、『八人目の敵』で映画音楽家としてデビュー。
その後、
『昭和残侠伝』
『兄弟仁義』
『女囚さそり』
『ガメラ』
など、アクション、任侠、女性アクション、怪獣映画など幅広い映画音楽を手がける。
ここが後の「菊池節」を理解する上で非常に重要である。
菊池は最初から「ヒーローソング専門家」ではない。
映画の中で、
「恐怖」
「哀しみ」
「怒り」
「男の孤独」
「追跡」
「戦い」
「勝利」
を音楽で表現する訓練を積んでいる。
だから彼のアニメ・特撮劇伴には、子供向け作品なのに妙に「大人の映画音楽」の匂いがする。
3-3 1960年代後半――「テレビまんが」の革命
1960年代前半のアニメ主題歌には、童謡、行進曲、歌謡曲的なものが多かった。
そこへ菊池が登場する。
1969年の『タイガーマスク』は、菊池の作曲家人生において重要な転換点だった。
『タイガーマスク』の主題歌では、マイナー調、強いリズム、ブラス、低音、緊張感のあるストリングスなどを使い、従来の「子供向けソング」とは異なるヒーロー音楽を作った。
『シン・仮面ライダー』公式サイトの解説でも、菊池の『タイガーマスク』がマカロニ・ウエスタン的なハイテンポ・マイナー曲調を取り入れ、アニメソングの流れを変えたと論じられている。
ここから「菊池節」が形成されていく。
3-4 菊池節の核心――ヨナ抜き音階
菊池の旋律を分析する上で非常に重要なのが、
ヨナ抜き音階
である。
長音階なら、
ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ
のうち、
ファとシを抜く。
すると、
ド・レ・ミ・ソ・ラ
という五音音階になる。
短調的な文脈では、マイナーペンタトニックとの近似・混合が起こる。
この5音構造は、日本の民謡・歌謡曲とも親和性が高い。
しかし菊池は、それを単なる「和風」にしなかった。
そこへ、
ブラスロック
ティンパニ
ドラムス
ストリングス
木琴・マリンバ系の打楽器
エレキギター
などを加えた。
その結果、
「日本人に歌いやすい旋律」
と
「欧米的なアクション音楽」
が同時に成立した。
これは菊池節の最も重要な構造の一つである。
3-5 1970年代の菊池俊輔――「熱血」の音楽
1970年代に入ると、菊池は爆発的に仕事を増やす。
『仮面ライダー』
『タイガーマスク』
『バビル2世』
『ゲッターロボ』
『ロボット刑事』
『電人ザボーガー』
『がんばれ!!ロボコン』
『ドカベン』
などである。
ここでの菊池サウンドは、
「熱い」
という一言で表現されることが多い。
しかし、音楽理論的にはもっと複雑である。
典型的な構造を分解すると、
①低音部
ベースが比較的明確なルート感を提示。
②ドラム
強いバックビート。
③ティンパニ
劇的なアクセント。
④ブラス
メロディあるいはリフを強調。
⑤ストリングス
上昇音型、トレモロ、スタッカートなどで緊張を増幅。
⑥五音音階
覚えやすく歌いやすい主旋律を構築。
この6層が重なることで、
「分かりやすいのに、音響的には厚い」
という結果になる。
3-6 「仮面ライダー」の革新性
1971年の『仮面ライダー』は、菊池サウンドを語るうえで絶対に外せない。
ここで重要なのは、単純なヒーローの「勝利」だけではない。
仮面ライダーには、
「改造人間としての悲劇」
「孤独」
「怒り」
「正義」
「戦い」
「宿命」
がある。
そのため菊池は、明るい長調だけではなく、マイナー、半音進行、重い低音、緊張感のあるブラスなどを組み合わせた。
ヒーローなのにどこか悲しい。
強いのに孤独。
勇ましいのに哀愁がある。
この二面性が、後の菊池節を決定づけた。
3-7 70年代の菊池サウンドと「昭和のテレビ」
菊池の凄さは、特撮だけに留まらなかったことだ。
『キイハンター』
『Gメン’75』
『赤い疑惑』
『暴れん坊将軍』
などにも音楽を提供している。
つまり彼の語法は、
アニメ → 特撮 → アクションドラマ → 家族ドラマ → 時代劇
へと移植できた。
この「汎用性」が渡辺との大きな違いでもある。
渡辺は非常に強烈な音色個性を持つ。
菊池も強烈な個性を持つが、そこに「場面に合わせて変形する能力」が極めて高かった。
例えば同じ五音音階でも、テンポを上げればヒーローの高揚感になる。
テンポを落とせば哀愁になる。
ストリングスを前面に出せばメロドラマになる。
ブラスを前面に出せばアクションになる。
和楽器的な旋律処理を加えれば時代劇になる。
この「同じDNAを持ったままジャンルを変換できる能力」が菊池の巨大な武器だった。
3-8 1980年代――「菊池節」の成熟と変化
では、70年代と80年代の菊池サウンドは何が違うのか。
大雑把に言えば、
1970年代
生音中心・ブラスロック・ティンパニ・ストリングス・五音音階・熱血
1980年代以降
従来の菊池節+シンセサイザー+電子楽器+より広いポップス/映像音楽語法
という変化が見られる。
ただし、これは「70年代の菊池が80年代になって別人になった」という意味ではない。
むしろ、
菊池節という旋律DNAを維持したまま、音色と録音技術を現代化した
と考える方が正確である。
この点は渡辺宙明とも共通している。
両者とも「自分のメロディを捨てる」のではなく、
新しい楽器・新しい録音技術・新しいポピュラー音楽を、自分の語法の中に取り込む
という方向に進んだ。
3-9 『ドラえもん』――菊池俊輔のもう一つの極致
菊池俊輔を「熱血ヒーロー音楽家」とだけ理解すると、大きな間違いになる。
むしろ彼の作曲家としての力量が最もよく分かる仕事の一つが『ドラえもん』である。
『ドラえもん』の音楽は、
「事件」
「冒険」
「日常」
「のび太の失敗」
「ジャイアンの乱暴」
「しずかちゃん」
「哀愁」
「不思議」
「未来」
という、まったく違う場面を大量に描かなければならない。
しかも、日常の劇伴は実は非常に難しい。
爆発や戦闘には「それらしい音楽」が存在する。
しかし、
「朝起きる」
「学校へ行く」
「のび太が困る」
という場面には、過剰な音楽を付けると映像を邪魔してしまう。
菊池はそこで、非常に短いモティーフと特徴的なリズム、和声、音色によって「ドラえもんの日常」を構築した。
『ドラえもん』のような日常系劇伴における菊池の仕事は、彼の膨大な経験と引き出しの広さを示すものだと評価されている。
3-10 『ドラゴンボール』――1980年代以降の菊池俊輔
そしてもう一つ、絶対に外せないのが『ドラゴンボール』である。
1986年開始の『ドラゴンボール』、1989年開始の『ドラゴンボールZ』では、菊池が劇伴音楽を担当した。
東映アニメーションの公式資料にも、両作品の「音楽:菊池俊輔」と明記されている。
ここでの菊池は、70年代の熱血ヒーロー音楽をそのまま再演しているわけではない。
『ドラゴンボール』では、
- 冒険
- コメディ
- 東洋的幻想
- 武道
- 怪物
- 恐怖
- 悲劇
- 超常現象
- バトル
- 孤独
- 勝利
という非常に広い感情領域を処理する必要がある。
そして『ドラゴンボールZ』になると、戦闘規模が一気に巨大化する。
サイヤ人、フリーザ、人造人間、セルなど、敵のスケールが拡大するにつれ、音楽もより重厚な劇伴を要求される。
ここで菊池は、従来のブラス、ストリングス、打楽器、低音を中心とした劇伴語法を発展させ、80年代末~90年代のテレビアニメに適合するサウンドを作り上げた。
なお、オープニングの「CHA-LA HEAD-CHA-LA」そのものは菊池作曲ではなく、清岡千穂作曲・山本健司編曲である。
菊池が担当したのは作品全体の劇伴である。
この区別は非常に重要である。
3-11 晩年と死去
菊池俊輔は2010年代まで長く活動した。
2015年には日本レコード大賞功労賞を受賞。膨大な作品数だけでなく、国内外で長く聴かれ続けた音楽が評価された。特に『ドラゴンボールZ』のBGMなどによって、海外での著作権使用料ランキングでもたびたび上位となったことが報じられている。
晩年は療養のため作曲活動を休止。
2021年4月24日、誤嚥性肺炎のため89歳で亡くなった。
④ 渡辺宙明と菊池俊輔――音楽理論から徹底比較
ここが、この二人を単に「昔のアニソン作曲家」と考えてはいけない最大の理由である。
二人には非常に深い共通点がある。
4-1 共通点①――ペンタトニック
最大の共通項の一つが、
五音音階
である。
両者とも、ヨナ抜き・マイナーペンタトニック系の旋律を非常に巧く利用した。
これは日本人にとって覚えやすい。
ところが、五音音階だけでは単純な「和風メロディ」になりやすい。
そこで二人は、
ペンタトニック+西洋和声+ブラスロック
という組み合わせを作った。
ここが革新的だった。
4-2 共通点②――「メロディを一度聴けば覚えられる」
現代の劇伴では、音色設計やサウンドデザインが重要になっている。
しかし二人は、
音色を変えても成立するほど強いメロディ
を作った。
つまり、
メロディ → ハーモニー → オーケストレーション
の順序が強い。
これは非常に重要な作曲思想である。
例えばブラスをピアノに置き換えても、メロディそのものが成立する。
逆に言えば、
音色に頼らず、旋律だけでキャラクターを成立させる能力
が極めて高かった。
4-3 共通点③――「リズムがキャラクターを作る」
二人とも旋律だけでなくリズムを非常に重視した。
ヒーローが走る。
ロボットが出撃する。
敵が現れる。
戦闘が始まる。
このとき、
「どんなメロディか」
だけではなく、
「どんなリズムで鳴るか」
がキャラクターの印象を決める。
渡辺はロック、ファンク、ディスコなどを積極的に取り込んだ。
菊池はブラスロック、行進曲的リズム、ティンパニ、ストリングスのアクセントなどを駆使した。
4-4 しかし最大の違い――「音響」と「旋律」
二人の違いを一言で言うなら、
渡辺宙明=音響的発明
菊池俊輔=旋律的発明
と整理すると分かりやすい。
もちろん、これは極端に単純化した分析である。
渡辺にも非常に強いメロディがあるし、菊池も音色・編曲に非常に敏感だった。
ただし傾向としては、
渡辺は、
「この楽器、この音、このリズムをどう組み合わせれば未来的・機械的・ヒーロー的に聞こえるか」
という方向に強い。
一方、菊池は、
「この人物、この場面、この感情を、どういうメロディなら一瞬で伝えられるか」
という方向に強い。
4-5 渡辺宙明=クール、菊池俊輔=ホット
両者の比較について、評論では、
渡辺=クール
菊池=ホット
という非常に面白い整理がされている。
これはかなり本質を突いている。
渡辺は、どれだけ熱い曲でも、そこに「都会的なスタイリッシュさ」がある。
ブラス、ファズギター、シンセ、ファンク、ディスコ。
つまり「熱いのに冷たい」。
菊池は逆に、
ブラス、
ティンパニ、
ストリングス、
ペンタトニック、
強烈なメロディ。
「冷たい題材でも熱くなる」。
これが二人の最大の違いである。
4-6 和声面での比較
渡辺はジャズ理論を学んでいるため、和声やテンションの扱いにポピュラー・ジャズ的な感覚がある。
特に、
- ブルーノート
- セブンス系コード
- シンコペーション
- ベースライン
- ブラス・ボイシング
などを組み合わせることで、単純な三和音中心の「子供向け音楽」から距離を取っている。
一方、菊池は旋律の強さが圧倒的で、和声は旋律を最大限に立たせる方向に働く。
つまり、
渡辺は「和声・リズム・音色からメロディを浮かび上がらせる」
のに対し、
菊池は「強烈なメロディを和声・リズム・オーケストレーションが支える」
という違いがある。
もちろん両者とも両方を行っているので、これは作曲上の「重心」の違いと考えるべきである。
4-7 モティーフ設計
劇伴作曲家としてもう一つ重要なのが、
モティーフ
である。
二人とも、単なるBGMの量産ではなく、
「主人公」
「敵」
「戦闘」
「悲劇」
「勝利」
「日常」
などに対応する音楽的キャラクターを大量に作った。
この方法のメリットは、視聴者が音楽を聴くだけで、
「何か起こる」
「敵が来た」
「主人公が立ち上がった」
と感じられることである。
これは現代の映画音楽でいう「リーモティーフ」に近い考え方でもある。
4-8 録音メディアとの関係
さらに二人を評価する上で重要なのが、
劇伴がレコード商品になった時代
である。
昭和の子供たちは、テレビで作品を見るだけではなかった。
主題歌のレコードを買う。
ソノシートを聴く。
BGM集を聴く。
歌詞カードを見る。
つまり音楽単体でも消費された。
そのため、
映像を離れても成立する劇伴・主題歌
を作る必要があった。
二人の音楽は、この環境に非常に適していた。
実際、両者は主題歌だけでなく劇伴まで作曲し、さらに編曲にも関与するケースが多かったことが評価されている。
4-9 なぜ現代の作曲家にも参考になるのか
現代の劇伴制作では、
DAW
サンプラー
シンセサイザー
MIDI
オーケストラ音源
サウンドデザイン
など、制作環境は当時とは比較にならないほど豊かになった。
しかし、渡辺と菊池の音楽から学べることは多い。
それは、
「音色が豊富だから良い曲になるわけではない」
ということだ。
二人の音楽は、限られた録音時間、限られた予算、限られた楽器編成の中でも、
「一聴して分かるメロディ」
「一瞬で場面を理解できるリズム」
「キャラクターを象徴する音色」
「短時間で最大限の感情を作る構成」
を成立させている。
これは現在の映画、ゲーム、アニメの作曲家にとっても極めて重要な技術である。
⑤ まとめ――二人が後世のアニメ・特撮音楽に残したもの
渡辺宙明と菊池俊輔は、単に「昭和のアニソンをたくさん作った作曲家」ではない。
二人が変えたのは、
「子供向け作品の音楽は、子供向けの単純な音楽でよい」
という考え方そのものだった。
渡辺は、クラシック、ジャズ、ロック、ファンク、ディスコ、シンセサイザー、電子音楽を次々と取り込み、
「ロボットやヒーローが存在する世界そのものを音楽化する」
方向へ進んだ。
その結果、
『マジンガーZ』
『人造人間キカイダー』
『秘密戦隊ゴレンジャー』
『電子戦隊デンジマン』
『宇宙刑事ギャバン』
などに代表される、非常に音響的でスタイリッシュな「宙明サウンド」が誕生した。
一方、菊池俊輔は、映画音楽で培ったドラマ性を基礎に、
五音音階、ブラスロック、ティンパニ、ストリングス、強烈なリズム、哀愁のあるマイナー旋律
を組み合わせ、
「一度聴けば忘れられないメロディ」
を大量に生み出した。
『タイガーマスク』
『仮面ライダー』
『バビル2世』
『ドラえもん』
『暴れん坊将軍』
『Gメン’75』
そして『ドラゴンボール』『ドラゴンボールZ』。
この幅の広さこそ、菊池俊輔という作曲家の本当の凄さである。
そして二人の後には、渡辺俊幸、田中公平、川井憲次、菅野よう子、佐橋俊彦、澤野弘之など、映像音楽とポピュラー音楽の境界を越えて活躍する作曲家たちが続いていく。
もちろん、これらの作曲家を直接「渡辺・菊池の後継者」と分類するのは単純すぎる。しかし、日本のアニメ・特撮音楽が、単なる作品の添え物ではなく、独立した音楽文化として発展していく土壌を二人が作ったことは非常に重要である。
特に現代のアニメ音楽では、劇伴そのものがサウンドトラックとして商品化され、コンサートで演奏され、作品を離れても聴かれることが当たり前になっている。
その原点の一つに、昭和のテレビから流れてきた「宙明サウンド」と「菊池節」がある。
さらに興味深いのは、二人とも長寿だったことである。
渡辺宙明は96歳まで生き、亡くなる前年の2021年にも『機界戦隊ゼンカイジャー』で新曲を書いていた。菊池俊輔も80代まで活動し、晩年まで膨大な作品を残した。
つまり二人は、
「昭和の作曲家」では終わらなかった。
昭和に生まれた音楽語法を、平成、そして令和へと持ち込んだ「現役の音楽家」だったのである。
渡辺宙明の音楽には、
「新しい音を恐れず、自分の語法に取り込む精神」
がある。
菊池俊輔の音楽には、
「どんなジャンルでも、人間の感情を一瞬で伝えるメロディを作る力」
がある。
そして二人に共通しているのは、
「子供向けだから手を抜く」のではなく、「子供だからこそ本気で作る」
という姿勢である。
それこそが、半世紀以上経った現在でも二人の音楽が古びない最大の理由なのではないだろうか。
昭和のテレビから流れてきた数十秒のBGM、数分間の主題歌。
それらは単なる「昔の音楽」ではない。
日本の映像音楽が、
童謡・行進曲・歌謡曲中心の時代から、ロック、ジャズ、ファンク、ディスコ、シンセサイザー、電子音楽、そして現代的な劇伴へと進化していく過程
を、そのまま音として記録した「歴史資料」でもある。
渡辺宙明と菊池俊輔を聴くということは、昭和のアニメや特撮を懐かしむことだけではない。
それは、
「日本の映像音楽は、どのようにして現在の姿になったのか」
を聴くことなのである。



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